脳とこころから考えるペインリハビリテーションの発行に際して

ここでは本書のあとがきを示します。本書の発行に至った経緯を示しています。

 

 

「体育の科学(杏林書院)」という老舗の雑誌がある。私が若輩だった頃、この雑誌は幾度となくヒントを供給してくれた。運動生理、筋生理、キネシオロジー、バイオメカニクス、ゲシュタルトクライシス、アフォーダンス、エコロジカルアプローチ、モルフォロギー、ベルンシュタイン問題、そして脳機能に身体イメージ。今となっては、「脳機能や身体イメージ」と「私自身のイメージ」との間には整合性があると思うが、前方に列挙したキーワードは、現在の私のイメージとはかけはなれていると思われる方も少なくないであろう。

大学院の博士課程(高知医科大学)ではなく、修士課程(高知大学)において、私は教育学研究科に属し、そこで専攻したのは体育科教育である。そこでは子供の姿勢バランスの発達やバイオメカニクス研究、筋電図学および筋力トレーニング(レジスタンストレーニンク)法、そして運動の滑らかさ、かつモルフォローギーを用いた運動指導法を学んでいた。修士論文もレジスタンストレーニングの領域で仕上げるに至った。また当時は知覚の心理学史やアフォーダンス理論にも興味を持ち、これらについて総説としてまとめた記憶もある。話は長くなってきたが、要するに「体育の科学」はそうした私の人生の要所で適切な情報を与えてくれたバイブルとなる雑誌の一つであった。

時は過ぎ、リハビリテーション科学以外は、神経科学を中心に情報を取り入れ、いつしか「体育の科学」に目を向ける頻度は少なくなっていた。それを見計らってか「体育の科学」の編集部に所属されている杏林書院の佐藤直樹さんと齋田依里さんからご連絡をいただいた。それは「体育の科学」で「慢性痛にどう対処していくか」をテーマに連載原稿(計6回)を設けるという内容であった。私一人で書くのではなく、私の研究室に在籍あるいはその出身者との共同執筆であれば!と引き受けさせていただいた。結果として、67巻8月号から68巻1月号まで、解説原稿として読者に向けて発信することができた。それから時間をおいて、編集者の一人である佐藤さんが本書の企画書を持参し、私の研究室を訪ねてくれた。先の連載原稿が多くの方々に読まれ、その反響が大きかったことを、彼は私に伝えると同時に、「画一的なアプローチではなく、より深くかつ広く、慢性疼痛に対して多角的に対処していく方法を教示する書籍」が必要であることを熱心に語ってくれた。私はその言葉に共感したものの、その当時は、リハビリテーション専門職向けに類似する書籍が多く出版され、書籍を作成することの意義を見出せないことから、快諾することはできなかった。そこで私ではなく、本書の執筆者の中の一人に編集を依頼したが、彼からは、「我々若手・中堅は、書籍ではなく、より正確な情報としての原著論文をコツコツと仕上げる必要があります。よって、書籍を作成するには時期尚早と思われます」と言われ、思わず私も「その通り!」とその言葉に共鳴した。結果として、研究室を代表する私が編集すべきであると覚悟を決め、執筆者を選定するに至った。幸いなことに、連載原稿を仕上げた研究室のメンバーに加え、疼痛を研究するメンバーには恵まれており、さらに、それぞれの研究領域は疼痛でありながらも、細部は絶妙に異なっていた。それが功を奏し、各章を構成するに至った。なお、もし本書が改訂されることになれば、今回の執筆者の誰かに編集を委ね、この歴史を継続していただきたいと思っている。

いずれにしても、本書は、私の研究室に在籍している、在籍していた、あるいは在籍していた者に近い者でそれぞれの章を担当するに至った。そういう意味で、章と章との間にはつながりがあり、通読できる内容となっている。ともすれば、分担執筆による書籍の作成では、章と章とのつながりを意図して編集することに難渋し、結果として時間切れとなることがあるが、本書は気心しれた仲間による作成であり、それぞれの章を担当する執筆者同士が互いにどのようなことを書くか予想することが容易であった。ゆえに、分担執筆でありながらも、全体がまとまった内容になったように思える。これは編集者の力というより、むしろ執筆者の力とでも言えよう。本書の執筆は、10年後は、おそらくペインリハビリテーション分野をリードする若手・中堅の臨床家・研究者によるものである。臨床家といえども、大学院で研究スキルを身につけた者に限っている。これまでのペインリハビリテーション・理学療法はアートに偏る傾向にあった。しかし、医療現場においては「サイエンスあってのアート」である。その編集者の意図を汲み取り、各章の執筆者は多くの信頼のおける原著論文をサーベイし、その中から章を構成するにあたり必要な情報を適切に配置している。この引用論文は、「脳とこころから考えるペインリハビリテーション」を実践するにあたって羅針盤となる情報といえよう。そういう意味で、本書はその情報のダイジェストを適切な糸(文脈)でつなぎ合わせたものになる。

中枢神経障害の病態把握は難しく、ゆえに、専門職が力をあわせるチーム医療および集学的リハビリテーションの提供が今や常識となっている。一方で、運動器疾患の場合は、整形外科医と理学療法士のみが治療を担うことが多い。慢性疼痛の場合では、その病態を理解するにあたり、脳とこころの視点から捉えることも必要である。ゆえに、中枢神経障害に対峙するよう集学的リハビリテーションの提供が今後は必須になっていくであろう。本書を読み終えれば、ペインリハビリテーションはまさに総力戦であることか理解できるであろう。多くの専門職や対象者の周辺環境に存在している者の社会的サポートがその実践のためには不可欠であることはいうまでもない。

最後になりましたが、本書の作成にあたり、ご助言賜りました福岡整形外科病院長 吉本隆昌先生、東京大学医学部附属病院准教授 住谷昌彦先生、京都橘大学大学院健康科学研究科教授 兒玉隆之先生、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターならびに健康科学部理学療法学科/大学院健康科学研究科スタッフの皆様、(一社)日本ペインリハビリテーション学会の役員の皆様、畿央大学大学院神経リハビリテーション学研究室に在籍している大学院生の皆様にこころよりお礼を述べさせていただきたい。そして、本書の企画をはじめ、我々の拙劣な文章を修正・校正いただいた佐藤直樹氏(杏林書院)に深謝する。

本書が、教育・研究者、そして臨床に携わる専門職の方々に利用され、エンドユーザーである患者や対象者に還元されれば、著者としてはこの上ない喜びである。

 

2020年9月8日

著者を代表して

森岡  周

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