NHKの朝ドラ「らんまん」の主人公のモデルとなった牧野富太郎博士が植物学にかけた情熱は、単なる職業の枠を超え、「生きる喜び」そのものでした。
彼の研究は自身の存在と深く結びついており、現代風に言えば「ちゃらんぽらん」な生き方かもしれません。しかし、その自由で飾らない姿勢こそが、彼の輝きを生んでいたのです。
牧野博士は生涯を通じて、膨大な植物採集や観察、研究に没頭し、数々の発見をもたらしました。その原動力は外的な報酬ではなく、植物への純粋な愛情と興味、そして「もっと知りたい」「理解したい」という内なる衝動でした。おそらく、これは誰もが一度は感じたことのある気持ちではないでしょうか。
好きなことに熱中しているとき、報酬や名誉といった外的な要因は自然と背景に退きます。研究そのものが鮮やかに浮かび上がり、時間が経つのを忘れるような感覚——これがまさに「前景化」と「背景化」の現象です。
私たちが世界を経験する際、何が「図」として意識され、何が「地」として溶け込むのかは、その瞬間の価値観や感情に大きく左右されます。夢中になっているときは、活動そのものが「図」として鮮やかに輝き、生活の細かな雑事は「地」として遠ざかります。
しかし、この心地よい状態が永遠に続くわけではありません。生活の基盤が揺らげば、これまで背景にあったものが突然前面に現れます。つまり、心から好きなことに没頭するには、最低限の安定が必要なのです。
牧野博士にとって、その安定を支えたのは寿衛子さんの存在でした。彼女は、ただの伴侶という言葉では表せないほど、博士の情熱を支える欠かせないパートナーでした。牧野博士の植物学への愛が「図」ならば、寿衛子さんはそれをそっと支える「地」だったのではないでしょうか。
その象徴とも言えるのが、「スエコザサ」です。愛する人への敬意と感謝を込めて名づけられたこの笹は、二人の関係性を映し出す美しい証として、今も私たちにささやかな幸せを語りかけているように思えます。
植物の名に刻まれた愛——それは、ひたむきに生きることの美しさを私たちに教えてくれるのです。
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