中野英樹さん

森岡:中野さんは畿央大学健康科学部理学療法学科1期生で、確か入試倍率60倍でしたよね?(笑)え〜と、今日聞きたかったことはそのことではなくて、大学の理学療法学科を卒業し、仕事をしながら同時に大学院に通おうとした動機は?

中野:大学院への進学を考え始めたきっかけは、学部4回生の臨床実習で中枢神経疾患や神経難病の患者さんを担当し、脳の疾患の奥深さを経験してからです。特にパーキンソン病患者の脳深部刺激療法の術前後の変化には大変驚いたことを覚えています。その時の経験が脳と身体のメカニズムをもっと探究したいという気持ちを強くさせ、大学院進学の動機となりました。仕事をしながら同時に大学院へ進学した理由として、社会人が働きながら学べる教育環境が全国の大学に先駆けて畿央大学に導入されていたことです。具体的には、インターネットを活用したライブ授業や授業を収録したオンデマンド授業が整備されており、職場や自宅で気軽に講義を受講できる環境が整っていました。あとは臨床と研究もどちらもやりたい、やるなら早い方が良いという気持ちで大学卒業後一年目での仕事と大学院生の両立を決意しました。

 

森岡:私もそうでしたが、「仕事人」「家庭人」そして「大学院生」と3足の草鞋で大変だったことは?

中野:時間の調整が特に大変でした。仕事、家庭、大学院生の3両立のためには絶対的な時間が足りません。無駄な時間を極力なくし、大学院の授業や研究の時間をなるべく確保できるように効率的に時間を使いました。日々の臨床業務は必ず時間内に終わらせ、絶対に後回しにしないように心掛けました。また、職場の理解もあって1日の休みを午後休2回に分けてもらい、週2回は大学院に通って昼から夜まで実験や解析を行いました。子どもがいないときは夜型でしたが、子どもが産まれてからは朝型に切り替える努力もしました。今思い返しても大学院生の時は毎日が忙しく、日々試行錯誤でした。しかし、この時の経験が現在の仕事の効率化にも活かせていますし、どんな事でも経験することが後の自分の成長の糧になると思うようになりました。

森岡:私は子供を寝かしつけたりしていましたが、そのまま寝て朝を迎えた瞬間は、いつも自分を責めたりしてました(笑)。

 

森岡:大学院生時代に行った研究は?最初に国際論文が掲載された時にお気持ちは?

中野:修士課程では姿勢制御の安定化向上に関する脳機能研究や基礎研究を、博士後期課程ではその臨床応用研究を行いました。仕事、家庭、大学院生を3両立させるために日々奮闘していた分、国際論文が初めて掲載された時の喜びは格別だったことを覚えています。その反面、研究に従事する者として、これがゴールではなく本当の意味でのスタートであると思い、研究成果は可能な限り論文として公表するよう心掛けるようになりました。この努力が後の日本学術振興会特別研究員の採用やクイーンズランド大学クイーンズランド脳科学研究所への留学にも繋がったと思います。

森岡:学振特別研究員の採用は畿央大学を開学してはじめての快挙でした。その節はありがとうございます(笑)。

 

 

畿央大学大学院博士後期課程在籍中のお仕事

Nakano H, Osumi M, Ueta K, Kodama T, Morioka S. Changes in electroencephalographic activity during observation, preparation, and execution of a motor learning task. Int J Neurosci. 2013 Dec;123(12):866-75.

Nakano H, Nozaki M, Ueta K, Osumi M, Kawami S, Morioka S. Effect of a plantar perceptual learning task on walking stability in the elderly: a randomized controlled trial. Clin Rehabil. 2013 Jul;27(7):608-15.

 

森岡:今もなお研究を続けられていますが、なぜ研究を続けているのでしょうか?

中野:現在は大学教員ですので学生教育に加え、研究が仕事の一部となっています。学生の科学的思考や問題解決能力を養うために、学生を研究に参加させ、その研究成果を授業に反映させることで教育と研究の相乗効果を図っています。研究を続けるモチベーションは、私自身が研究の思考プロセスである仮説検証作業の魅力に取り憑かれているということです。臨床であれば患者さんの機能を改善させるための仮説を立て、その仮説を検証する方法を考え、機能の改善が得られたなかった場合は仮説自体が間違っていたのか、仮説を検証する方法が間違っていたのかを再度考えるというプロセスです。臨床であれ研究であれ、大胆な仮説を厳密な仮説検証作業を経て仮説が検証された時は、言葉では言い表せないほどの達成感を得ることができます。

 

森岡:理学療法分野において研究を続ける意味は?

中野:研究を行うことは理学療法士のみならず医療従事者にとっての使命だと考えています。リハビリが難渋する症例に出会った際、その病態理解や評価・治療法を模索するために国内のみならず海外の論文を検索することは多々あるかと思います。そのような時、少しでも活用できる情報があるかないかでリハビリの進行は大きく変わってきます。研究結果がポジティブであっても、ネガティブであっても患者さんのリハビリに役に立つ日は必ず来ますので、患者さんのため、社会貢献のために理学療法士は研究を続ける義務があると思います。その際、正しい解釈ができるように可能な限り適切な研究手法を用いること、そして誰もが情報にアクセスできるように論文として世に公表することが大切になってきます。

 

森岡:今、研究している内容を簡単にご紹介ください。

中野:現在は、主に2つの研究プロジェクトを進めています。1つ目は脳情報の可視化と制御を基盤とした新しいリハビリテーション評価・治療法の開発です。具体的には、非侵襲的な脳機能計測法や脳刺激法、実験心理学的手法を用いて脳機能の個人特性を評価し、その特性に最適化させた介入手法の開発を行っています。2つ目は、高齢者の健康増進のためのAging Brain Careに関する研究です。具体的には、Aging Neuroscienceの観点から高齢者の虚弱化を予防し健康寿命を延伸させる介護予防プログラムの開発研究を行っています。なお、前者は科学研究費助成事業(文部科学省)、後者は大規模臨臨床研究助成事業(公益社団法人日本理学療法士協会)のサポートを受けて実施しています。

 

森岡:今後、理学療法業界にとって大事なことは?

中野:診療報酬や介護報酬が改訂される度に厳しい現実が突きつけられる中、理学療法業界は変革し続ける努力が求められていると思います。そのためには、理学療法士一人ひとりが自己研鑽を怠ることなく、時代の変化に柔軟に対応できる能力や専門性が必要不可欠となってきます。今後は、高度化・複雑化が進む医療の中で、新しい知識や情報を収集・統合し、それを活用できる思考や技能を兼ね備えた専門性の高い理学療法士が活躍する時代になるでしょう。大学教員である私は、そのような人材を育成するための学生教育に今後も励みたいと考えています。

森岡:新しい知の創造でもある研究活動とともに、理学療法などリハビリテーション医療が人々に信頼されるための社会活動をこれからも続けていってくださいね。ご活躍を楽しみにしています!今日はありがとうございました。

 

 

中野英樹さん:京都橘大学健康科学部理学療法学科 准教授

webサイト 京都橘大学ニューロリハビリテーション研究室

 

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